連載 - ライター・編集部員による定期連載 -

野村ケンジの「Paradiso della musica」(ムジカ・パラディーゾ) 

初心者にオススメしたい高級ヘッドホン入門 第5回

野村ケンジ氏が珠玉のヘッドホンを厳選して紹介する「初心者にオススメしたい高級ヘッドホン入門 第5回」は、オーディオ機器メーカーのカナル型ヘッドホン2モデルをピックアップ。いずれも、非常に個性的な製品に仕上がっている。

第5回 オーディオ機器メーカーの底力

ひとくくりに“オーディオメーカー”といっても、家電総合メーカーのオーディオ部門から専門的な製品に特化した中小企業まで、その形態はさまざま。そのため一概に「オーディオメーカーが作るカナル型ヘッドホンはこういう傾向」とは言い切れないのだが、音を常に扱い続けている会社(もしくは部門)だからこその優位性は確かに感じるのである。そこで今回は、あまたのオーディオメーカーがリリースするカナル型ヘッドホンの中から、サウンドも個性もキラリと光る2製品を紹介しよう。

フィリップス「SHE9900」 日本で先駆けて発売された最上位機

フィリップスといえば、オランダに本拠を構える家電メーカーであり、近頃はヘルスケア系の製品に注目が集まっているようだ。そんな会社がヘッドホンを、しかもかなり充実したラインアップを有しているのは不思議に思うかもしれない。しかし、ちょっとでもホームオーディオに興味を持った人であれば、1990年代に一世を風靡したCDプレーヤーの名機「LHHシリーズ」に代表されるとおり、オーディオメーカーとしても高い人気と実力を持ち合わせていることがわかる。そういったオーディオ部門の高い技術力は、現在も脈々と受け継がれており、その成果のひとつがカナル型ヘッドホンとして現れている。

筆者も同社製カナル型ヘッドホンのクオリティの高さに感心している一人だけに、オススメしたい製品は「SHE9700から上位すべて」と言いたいところだが、今回はちょっと違った視点から製品を取り上げてみようと思う。ということで、今回紹介するのはフィリップスにとってカナル型ヘッドホンの最上級モデルとなる「SHE9900」である。

フィリップス「SHE9900」

フィリップス「SHE9900」

最上級といっても、元々フィリップスは数千円台の価格帯にラインアップが集中しているため、他社ブランドほど高価というわけではない。家電量販店でも、2万円あれば十分なおつりが来るプライスタグが付けられているし、通販サイトでは15,000円前後が相場となっている。価格面では、アッパーミドルクラスに位置する製品といえるだろう。しかしながら、SHE9900の最大の“ウリ”は価格ではない。何を隠そうSHE9900は、世界に先駆けて日本で発売開始された貴重な製品であり、現在でもイギリスやドイツなどヨーロッパの一部(アメリカやカナダでは販売されていない)でしか入手できないのだ。

こうなったいきさつには、ちょっとしたエピソードがある。SHE9900のサンプル機が完成したとき、日頃、SHE9850(2008年発売の下位モデル)を使用しているユーザーから「さらなる上級モデルを」というリクエストをもらっていた日本法人のヘッドホン担当者が、これこそまさに求めていた製品だと社内各部署にアピールし、結果、日本での販売が実現したのだという。売り上げ的にはエントリーとなる数千円クラスがメインとなる同社カナル型ヘッドホンのラインアップの中で、この決断にはかなりの勇気が必要だったはず。そんな担当者の気概に対してエールを送るとともに、この恵まれた環境を皆さんにも大いに享受してほしいと思う。

フィリップス「SHE9850」

フィリップス「SHE9850」

そういった「希少性」もあってSHE9900をオススメしたいのだが、もちろん肝心のサウンドもすばらしい。音がスピーディーなうえ強弱のニュアンスが的確で臨場感の高いサウンドはSHE9850譲りといえるが、SHE9900はもう少しバランス感がよく、クオリティ的にもハイファイ指向となる。明らかに解像度が高く、強弱のニュアンス表現もさらなる繊細さを持ち合わせているのだ。そのうえ中域の厚みもかなり増している。そのため音のリアリティが一段と向上しており、ライブ感の強い演奏を楽しめるようになっているのだ。特にエレキギターなどは、音の芯がしっかりしていて響きも力強いうえ、ニュアンス表現が細やかなことから、弦を弾くピックの素材やエフェクターのコンディションまで感じ取れそうなリアルさを感じる。音楽好きにとってはたまらないサウンドだ。

いっぽうで、高域の鋭さもSHE9850に対しては多少弱まり、ウェルバランスになったことから、人によっては聴きやすいとも感じるだろう。通勤など長時間聴き続ける人には、SHE9900の方がしっくりきそうだ。とにもかくにも、多くの人に太鼓判でオススメできる優秀機であることは間違いない。


総論 フィリップス SHE9900

<オススメポイント> 音楽の楽しさをとことんまで感じさせてくれる、ヴォーカルやメイン楽器の聴かせ方がとてもうまい。希少な存在という点もうれしい。
<ウイークポイント> 装着性向上のため本体+カバーの首振り構造を採用しており、筆者のような扱いの乱暴なタイプは少々不安が残る。

解像度感 ★★★★☆
帯域バランス ★★★★★
帯域過渡特性 ★★★★☆
高域の質感 ★★★★☆
低域の量感 ★★★★☆
グルーブ感 ★★★★★
装着感 ★★★★★
デザイン ★★★★☆
コスト“音質”パフォーマンス ★★★★☆


総論 フィリップス SHE9850

<オススメポイント> ヴォーカルやギターのリアルさは折り紙付き。音に勢いと鋭さがありスネアがタイトで気持ちいい。
<ウイークポイント> 高域にちょっとしたクセがあり音が荒々しいと感じる人も。このあたりは好みの分かれるところだ。

解像度感 ★★★☆☆
帯域バランス ★★★☆☆
帯域過渡特性 ★★★★☆
高域の質感 ★★★★☆
低域の量感 ★★★☆☆
グルーブ感 ★★★★★
装着感 ★★★★★
デザイン ★★★★☆
コスト“音質”パフォーマンス ★★★★★

デノン「AH-C710」 デノンサウンド&スタイルを楽しめるカナル型ヘッドホン

デノンといえば、昨年創業100周年を迎えた老舗のオーディオメーカーであり、近年は高級ホームオーディオだけでなくホームシアターやミニコンポ、カラオケシステムなど幅広い製品群を手がけている。当然のごとくヘッドホンも数多くのモデルをリリースしているが、意外にもカナル型ヘッドホンに関しては歴史が浅い。iPodをきっかけとする昨今のカナル型ブームの中では、後発といえる存在となっている。

しかしさすがはオーディオ専業メーカーというべきだろう、その仕上がりはかなりのクオリティを誇っている。特に、一昨年半ばから登場してきた「第2世代」ともいうべき製品たちは、そのスタイルはもちろん、音質的にも、デノンらしい堅牢で緻密な作り込みが特徴となっている。

正直な話をすると、デノン初のカナル型ヘッドホンで、第1世代とも呼ぶべき製品を試聴したとき、何とも個性が強い製品が登場したものだと感心しつつも「よほどのマニアでないと推薦できないな」という思いも感じた。なぜならば、気持ちよく聴ける音楽のジャンルがかなり限定されていたからである。はっきり言うと、“ジャズ&クラシック専用ヘッドホン”ともいえるチューニングが施されていたのだ。

デノンは高級AV機器をメインストリームとしてラインアップするメーカーであるため、コンセプトとしては正しいのかもしれない。しかしそれでは新規ユーザーが開拓できないのも事実。そういう考えに至ったのか、第2世代ではいい意味で汎用性の高いサウンドへと生まれ変わっている。さらに音質に関しては、わずか1世代の違いとは思えないほど著しく進化している。さすがはオーディオ専業メーカー、さすがはデノンとほめるべきだろう。

さて、現在4モデル(ノイズキャンセリングやリモコン付きを合わせると全7モデル)あるデノンのカナル型ヘッドホンの中から、今回推薦したいのは上級モデルの「AH-C710」だ。メタルと樹脂のハイブリッドで構成されたボディはいかにもデノンらしいスタイルだし、何よりも音質的な特徴が、デノンというメーカーを端的に表しているように感じたからだ。オーディオ用語的にいえば「トランジェントが良好で分解能が高いサウンド」。平たくいえば「歪み感が少なくストレート、かつ細かい部分までていねいに聴こえる音」というイメージだ。なかでも高域側の倍音成分は整いがよく、ピアノの鳴りは軽やかで、ヴァリオリンの響きも心地よい。

デノン「AH-C710」

デノン「AH-C710」

ていねいだけど力強いサウンドは、デノン製のAVアンプやプレーヤーでも感じられる特徴だ。そういったブランドならではの個性を前面に押し出しているあたりに、AH-C710の本当の価値があるのかもしれない。


総論 デノン AH-C710

<オススメポイント> 音が細やかでていねいだが力強さやキレもきちんと両立。グルーブ感も良い。
<ウイークポイント> エレキギターの音もそつなく再生するが、最低域が柔らかく広がる傾向にあるため重奏感に欠けるきらいがある。

解像度感 ★★★☆☆
帯域バランス ★★★★☆
帯域過渡特性 ★★★★★
高域の質感 ★★★★☆
低域の量感 ★★★★☆
グルーブ感 ★★★★★
装着感 ★★★★☆
デザイン ★★★★☆
コスト“音質”パフォーマンス ★★★☆☆

評価ポイントについて

カナル型ヘッドホンに関しては、下記の9項目の評価ポイントを表記させてもらうことにした。満点は5点。このほか、音の密度感やボーカルのクリアさ、音の生々しさや熱気の高さなども評価ポイントに加えたいところだが、それらは複数の特徴によって作り上げられているメリットのため、文章内に表現するに留めている。

・解像度感……音の細やかさ
・帯域バランス……低音、中音、高音のバランス
・帯域過渡特性……ピークやディップなど音楽を阻害する要素の少なさ
・高域の質感……高域方面のノビや倍音成分のそろいのよさなどを総合評価
・低域の量感……ここでは絶対的ボリュームより最低域へのノビや質感を重視して評価
・グルーブ感……ノリのよさを示す項目で各帯域のタイミングがそろうと高評価となる
・装着感……装着に関する手間や違和感の少なさ
・デザイン……デザインのよさに加えて音漏れなどの機能性も考慮
・コスト“音質”パフォーマンス……音質の良さと金額の高さを相対する値として比較評価


ライター/野村ケンジ

ホームシアターやカーオーディオ、音楽・映像関連、クルマ分野など、幅広いジャンルで活躍するフリーライター。100インチスクリーン+TADモニターで6畳間極小ホームシアターを自宅で実践するなど、実験的な試みにも積極的にチャンレンジするこだわり派。サウンドコンテストの審査員なども担当している。

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